近年、外国人材の採用が広がる中で、「日本語教育」の重要性がますます高まっています。これまで本コラムでは主に採用や定着支援に焦点を当ててきましたが、今回は少し視点を変え、外国人材教育の根幹を支える「日本語教育」、特に注目の新制度「登録日本語教員」について取り上げます。
2024年4月、日本語教師に対して「登録日本語教員」という国家資格制度が新たに創設されました。これまで日本語教育は、民間機関による講座や検定試験を基に、多くの教師が現場で活躍してきましたが、明確な国家資格は存在していませんでした。今回の「資格化」の背景には、日本語教育の急速なニーズ拡大と、教育現場における指導の質のばらつきがあります。こうした状況を受けて、2019年に施行された「日本語教育の推進に関する法律」では、日本語教育を国家的に支援すべきものと位置づけ、「教育水準の維持向上」「日本語教師の資質の向上」が明記されました。この法律を土台として制度が整備され、日本語教師を専門的職業として明確に位置づける「登録日本語教員」資格が誕生しました。。
この記事では、なぜいま日本語教師が国家資格化されたのかという疑問に対し、その背景や目的、制度の内容と今後の課題について、わかりやすく紹介します。
1. 日本語教育をめぐる現状と資格化の背景
日本語教育は現在、大きな転換期を迎えています。その背景には、学習者の急増と教育の質に対する社会的要請、そして制度整備の遅れという複数の要因が重なっています。文化庁の調査によれば、国内の日本語学習者は約24万人(2021年時点)にのぼり、教育現場は地域の日本語教室、企業内教育、大学、専門学校など多岐にわたり、教育のニーズも高度化・多様化しています。こうした変化に対し、これまでは養成講座(420時間)や検定試験など、民間ベースの制度に依存していたのが現状でした。そのため、教育の質、特に教師の質が疑問視されていました。そこで、公的に教育の質を保証する仕組みが必要とされ、2023年に文部科学省が主導して「登録日本語教員」制度が創設されました。また、同年には「日本語教育の推進に関する法律」および「日本語教育機関認定制度」も施行され、日本語教育の国家的な整備と質保証体制が本格的にスタートしました。
2. 登録日本語教員とは?制度の概要
登録日本語教員は、日本語教育を専門職として国家が認定する資格であり、文化庁への登録を経て取得されます。この資格を得るには、文部科学省が実施する「登録日本語教員試験」に合格することが基本要件です。そのうえで、教育課程の修了や教育実習の履修などを組み合わせた複数の取得ルートが制度内に設けられています。
登録にあたっては、以下のいずれかに該当する必要があります。
- 文部科学大臣が認定した日本語教員養成課程を修了し、登録日本語教員試験に合格した者
- 登録日本語教員試験に合格し、かつ文化庁が定める教育実習を修了した者
- 上記と同等以上の能力を有すると認められた者(移行措置や特例措置を含む)
従来制度では法的資格がなく、任意の講座や検定によって教員が育成されていましたが、新制度では法に基づく明確な枠組みが設定されました。教育機関側では、採用や配置の基準が明確化することが期待されています。
3. 登録日本語教員制度がもたらすメリット
① 教育現場にとって:採用基準の明確化と人材確保の目安に
登録日本語教員制度の導入によって、教育機関は「どのような人材を採用すべきか」という基準が明確になりました。これまでのように、民間の講座や独自の判断に頼る必要がなくなり、一定の専門性を保証された教員を採用しやすくなった点は、現場にとって大きなメリットです。教員の採用基準が統一されたことにより、登録日本語教員試験に合格した人材であることが教員の水準の目安となり、指導の質が制度的に担保される点も、教育現場にとっては大きな前進と言えるでしょう。
② 学生にとって:質の高い日本語教育への安心感
制度の導入によって、学習者にとっても「誰が教えているのか」「どのような訓練を受けた教師なのか」が明確になりました。これにより、学習の質や教育内容に対する信頼感が高まり、安心して学べる環境が整いつつあります。特に留学生にとっては、日本語能力だけでなく生活や文化への理解も含めた総合的なサポートが得られる体制につながっています。
③ 教師にとって:職業としての自覚と専門性の認知向上
日本語教師が国家資格として制度に組み込まれたことにより、これまで曖昧だった職業としての位置づけが明確化されました。教えることを「専門職」として誇りをもって続けられるようになり、キャリアパスも見通しやすくなっています。これから日本語教師を目指す人にとっても、国家資格という指標があることで、学ぶべき内容や成長の道筋がより具体的になっています。
4. 現場からの懸念:登録日本語教員制度の課題と改善の余地
① 海外在住の現役日本語教師が経過措置の対象外に
登録日本語教員制度では、一定の条件を満たす現職者に対して経過措置が設けられていますが、海外で活動している現役の日本語教師がこの対象に含まれていないことが問題視されています。
長年、海外の教育現場で日本語指導に従事してきたベテラン教師たちが、制度変更後は登録対象外とされ、今後日本語教育に従事し続けるためには改めて日本で要件を満たす必要があります。こうした状況は、現場に混乱をもたらすとともに、国際的な日本語教育ネットワークの維持にも影響を与えかねません。
② 高齢の現職者にとって制度対応のハードルが高い
日本語教師の中には、定年退職後のセカンドキャリアとしてこの職を選び、長年にわたり教壇に立ってきた高齢の教師も多く存在します。現在の日本語教育現場では、こうした経験豊富なシニア層の教員が一定数を占めており、教務力・人間力の両面で学生や若手教員にとって貴重な存在となっています。しかし、登録日本語教員制度では、経過措置終了後(5年間)には留学生クラスを担当するには国家資格が必須となるため、高齢の教師にとって「今さら試験を受けて国家資格を取得するのは難しい」と感じる声も多く聞かれます。その結果、経験豊富なベテラン教員が制度施行後に現場から退いてしまう可能性があり、それは人材の空白だけでなく、若手教師にとってのロールモデルや指導力の継承が失われるという損失にもつながります。
おわりに|資格化は“ゴール”ではなく“スタート”
近年、日本を訪れる外国人は増加しており、留学、就労、観光、定住など目的も多様化しています。海外でも日本語を学ぶ人が増えており、日本語教育の重要性はこれまで以上に高まっています。
こうした中、これまで任意の講座や試験に依存していた日本語教育制度では、教育の質や信頼性を一貫して保証するのが難しくなってきました。そこで、社会の変化に対応し、質の高い教育体制を整えるために創設されたのが、国家資格「登録日本語教員」です。
資格化に伴い教育の質の向上が期待される一方で、制度の導入により、海外の現職者が経過措置の対象外になる、高齢の教員が試験取得に難しさを感じて現場を離れるなど、人材確保や制度運用に関する課題も指摘されています。
今回の資格化は、こうした課題を抱えながらも、日本語教育の今後を形づくる重要な出発点といえるでしょう。現場と行政、教育機関が協力しながら、柔軟で持続可能な体制を築くことが求められます。
【出典一覧】
・文部科学省「登録日本語教員制度の創設について」https://www.mext.go.jp/a_menu/nihongo_kyoiku/mext_0006.html
・文化庁「登録日本語教員制度について」https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/kokugo_nihongo/nihongo/kyouin/
・文化庁『令和4年度 日本語教育実態調査報告書』
・出入国在留管理庁「外国人材受け入れの現状と課題」
・日本語教育の推進に関する法律(令和元年法律第48号)
株式会社TCJグローバルでは、即戦力となる外国人材の育成に力を入れています。 日本語教育やビジネスマナー研修を提供し、外国人社員がスムーズに職場に適応できるようサポートします。さらに、日本人社員向けの異文化理解研修を実施し、外国人労働者を円滑に受け入れるための社内体制づくりを支援しています。
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著者紹介:平良 園佳(日本語教師)
日本で活躍する外国人向けに、初級からビジネス日本語まで対応したレッスンを通じて、実践的な日本語スキル習得をサポートしている。